16式機動戦闘車に会いました-星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

16式機動戦闘車に会いました

2018.08.31

 先回は実話に基づくハリウッド映画『ホースソルジャー』で、12名のアメリカ陸軍特殊部隊の精鋭が馬に跨がって不可能に近い作戦を遂行していくという話に端を発した、「人馬一体」の境地を求めて40年以上(嘘ではありませんよ、論理的には!)にもなる僕の人生で初めて馬に乗ったことをお伝えしました。ちょうどよいので、その初めての乗馬体験の一週間前にアメリカ陸軍特殊部隊ならぬ我が国の陸上自衛隊の精鋭が、馬ならぬ最新型の機動戦闘車に乗っている姿を見たときの話をいたしましょう。

 そのときは高野山の麓にある空海が見出した聖地にある水源に招かれたため、朝早くに岡山を出て山陽自動車道から新設なった神名神高速道を通って車で京都に向かっていました。京都駅まで新幹線で来てくれる美人秘書を拾ってから高野山を目指す予定だったのです。

 山陽自動車道で姫路の近くを走っているときなど、時折陸自の大型兵員輸送車を見かけることもあるのですが、その日は何気なく追い越し車線を飛ばしていたとき、不意に走行車線に固まっていた車列の中に8輪装甲車の姿が現れました。

 時々高速道路を走っているのを見かけることのあった陸自の「軽装甲機動車」だろうと思って眺めていると、不意に砲身とカモフラージュされた砲塔が目に入ってきました。むむっ、これは! そう、その存在は聞き及んではいたものの、写真でもまだ見たことのなかった陸自最新鋭の「16式機動戦闘車」に違いない! 瞬間的に閃いた僕は、すぐさま車載のドライブレコーダーを斜め前方に向けてその横をゆっくりと追い越していったのです。

 名称に「16式」とあることからわかるように、この機動戦闘車は2016年から運用開始されたまさに最新式で、通常のキャタピラ(無限軌道)式の戦車では舗装道路を削ってしまうために運搬用の大型トレーラーに積まなくては遠隔地まで運ぶことができません。それではせっかくの強力な装甲と火器を誇る戦車といえども運用に時間がかかって機動部隊の中枢にはなり得ないのが実状でした。とはいえタイヤ式の装甲車では火器が重機関銃程度になって臨機応変の機動力にはなっても応戦能力に欠けてしまっていました。そこで2年前から投入されたのが戦車の火器と装甲車の機動力をかけ合わせた「機動戦闘車」で、その形状はまさに8輪装甲車の上部に戦車の砲塔と砲身を載せたものになっています。これであれば、街中でも高速道でも舗装を痛めずに高速で走っていくことができます。

 ちょうどその「16式機動戦闘車」の前方を「軽装甲機動車」も走行中でしたので、これまた車載ドライブレコーダーでその走行中の姿を捉えることができました。両者を比較していただくと、その違いがはっきりすると思います。

 ついに本物の「16式機動戦闘車」をこの目で見ることができた僕は、苦手な早起きでボンヤリしていた頭も急にシャッキリとして、その日と翌日の高野山での苦行に向けて戦闘準備完了です。ただ、願わくば走行中に追い越しながらではなく、停車中にゆっくりと「16式機動戦闘車」の雄姿を眺めたかったというのが本音でした。

 ところが、ところがです。やはり天には見放されなかった。トイレ休憩のために次のサービスエリアに入り、コーヒーを飲んでから建物を出てビックリ! さっきの「16式機動戦闘車」が2輌「軽装甲機動車」とともに駐車場の離れた一角に整列しているではありませんか。喜び勇んだ僕はすぐに近づいていき、若い陸自の隊員に写真を撮ってもかまわないかと問いかけました。「2メートル以内に入らないようにしていただければ写真をお撮り下さっても問題ありません」と答えてくれた隊員の凛々しさにも感動!

 おかげで、「16式機動戦闘車」を前方からゆっくりと拝見した上で、隊員の作業中にもかかわらず写真を撮らせていただけたのです。

 その横には「軽機動装甲車」が並び、こちらも火器が弱いとはいえ、なかなかの面構えです。隊員の方にうかがうと、四国の善通寺部隊に所属する「16式機動戦闘車」部隊で、その日は本州の某所に上陸した敵機動部隊を迎え撃つために善通寺から高速道を経由して上陸地点まで移動する訓練を行っているとのことでした。通常の戦車部隊ではこのように迅速な移動は望めないので、まず迎撃第一波の機動部隊として送り込まれるのが彼等の通常任務だそうです。

 隊員の方にお礼を述べて離れていくとき、ふと振り向いてみると「16式機動戦闘車」も「軽機動戦闘車」も、そして陸自隊員の皆さんの迷彩服も日本の木々の緑の中に完全に融け込んでいて本当に目立たなくなっていることがわかりました。自衛隊の皆さんの日々のご努力に脱帽です。ありがとうございます!

 もうご存じだとは思いますが、僕自身平和主義ではありますがかなりのミリタリーおたくで、岡山の家の庭に戦闘機のコックピットを並べてみたり、自衛隊のイベントに出かけていっては護衛艦や戦車などに乗せていただくことも少なくはありません。

 以前北富良野の戦車中隊で「70式戦車」に初めて乗せていただいたときの僕の表情と、先回ご紹介した初めて馬に乗ったときの僕の表情には、何か共通したものが見て取れます。

 まさに、戦車から馬に乗り換えた「ホースソルジャー」の心境そのものが出ていたのかもしれません。

子どものままの保江邦夫でした

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