ホースソルジャー-星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

ホースソルジャー

2018.08.17

 東京の白金に住むようになって、つまり「シロガネーゼ」になってもう1年半以上になるのですが、白金の便利さというか地の利に助けられ続けています。ハリウッド映画とフランス映画の好きな僕にとって最も助かるのは、高輪台にある新しい大きな映画館まで歩いて20分で行けるということです。その映画館は東京にしては珍しくいつもガラ空きで(僕が選ぶ映画があまり一般受けしないからでしょうか)、封切り直後の午後でも、いつも観客10人以下の状態なので、まさに岡山駅前の古い映画館と同じくストレスフリーで映画に没頭できます。アメリカで映画館に行くときは混雑していても平気なのですが、日本では必ずガラ空き状態の映画館にしか行かないことにしています。その理由はと言えば、ハリウッド映画やフランス映画で白人や黒人あるいは東洋人の俳優達が演じた素晴らしい画面を観終わったとき、劇場内に明かりが戻って自分の周囲に見えるのが日本人だらけというのが興ざめだからです。その点、アメリカの映画館では終演後に前後左右を見てもついさっきまで銀幕の中に映っていたような人達ばかりなので、観終わった後も映画の余韻がずっと続いてくれます。

 とまあ、そんな僕ですから、白金に居を構えるまでは東京滞在時に映画館に行くなどほとんどまれでした。ところが、高輪台のその映画館はといえば、何故か本当にいつもガラ空き状態で僕を心から楽しませてくれるのです! 上映される映画は渋谷や銀座の映画館と同じものですから、常に最新の封切り作品が並んでいますし、本編の前に流れる予告編でも近日公開作品の目白押しです。あるとき予告編を眺めていて強く興味を引かれたのが『ホースソルジャー』という映画で、これは封切り直後に絶対に観に行かなければと思ったほどでした。

 実際に観てみると想像していた以上の傑作で、しかも予告編でも示されていたのですが実話を映画化したものでした。

 あの9.11の大規模テロ事件の直後、首謀者であるビンラディンがアフガニスタンでテロリストを養成して数万人規模のアルカイダ私設軍隊を展開しているという情報をつかんだアメリカ政府が、陸軍特殊部隊グリーンベレーの精鋭小隊12名をアフガニスタンに送り込み、ビンラディンに懐柔されてバラバラになりつつあった北部同盟に属する山岳騎馬部族の族長を助ける形でテロリスト軍団を壊滅させる作戦を実行します。ビンラディンとアルカイダに対するアメリカの反撃第一波となる重要機密作戦だったために、その存在自体が長い間秘匿されてきたのですが、今年ようやくその全貌がノンフィクションベストセラーの映画化として公開されたのです。

 テロリスト集団といっても、数は2万5千人の兵士にロシア製の戦車やロケットランチャーまでも持つ近代装備の私設軍隊に対し、グリーンベレーの精鋭とはいえたった12名のアメリカ兵と100人程度の騎馬部族ですから、とうてい勝ち目はなかったのですが、小隊長がテキサスの牧場で育っていたために馬にまたがってアフガニスタンの山々を越えてゲリラ攻撃をしかけます。結果としてそのやり方が功を奏し、最後には壮絶な闘いを経てテロリスト軍団に手痛い敗北を味わわせることができたのですが、その主役は小隊長でも部下の11名でも、あるいは部族長でもなく小隊長がまたがる馬なのです。映画でもそのことが見事に描かれていて、馬に初めて乗る部下に向かって適切な助言をする小隊長の台詞は見事でした。日本語でも「人馬一体」という表現があるように、小隊長と馬の間の一体感には驚かされるものがあり、あの馬がいなかったら作戦の成功もおぼつかなかったかもしれません。

 映画の最後には、全員が生還した実際のグリーンベレー小隊12名の写真が示され、9.11のメモリアルとなっている世界貿易センタービルが倒壊した跡地には何とその馬にまたがって突撃する小隊長の銅像があることが示されます。感動のあまり、僕は数日後にも同じ映画館に行って同じ映画を観ました。そして、その後会う人会う人全員に、この素晴らしい映画『ホースソルジャー』で描かれた馬と人間の間の不思議なつながりについて、熱く語っていたのです。

 すると、その中のお一人、徳島で内科医院を開業なさっている愉快なお医者さんが、今度淡路島に馬に乗りに行きませんかと誘って下さったのです。

 さすがはお医者さん。趣味もリッチで乗馬クラブにも通っていらっしゃるのかという僕の胸の内を見透かしたように彼は微笑み、「いえいえ、普通の乗馬クラブのような気取ったところなら僕は行きません」と始めて説明してくれたのは、このような愉快なエンブレムを冠した「福祉乗馬」専門の福祉NPO法人で発達障害のお子さん達を乗馬で癒す仕事をなさっているところだとのこと。

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 イルカといっしょに泳ぐことで自閉症を癒すという「イルカセラピー」は聞いたことがあったのですが、馬にまたがって様々な疾患を癒す「ホースセラピー」というのは聞いたことがありませんでした。うーむ、ひょっとすると馬の底力を垣間見ることができるかもしれない! そう直感した僕は、そのお医者さんと現地で合流して「福祉乗馬」を体験してみることにしました。まあ、僕も精神疾患を持っているといえないこともありませんし・・・。

 ちょうど前日の金曜日に大阪中心部の大きな教会で催されたピアノリサイタルの司会進行を仰せつかっていたので、翌土曜日の午後1時に開催される「ホースセラピー」に参加させてもらうことにして岡山から車で行ったのです。淡路島のど真ん中の山の中に「福祉乗馬」専門の「五色ホースクラブ」があるということで、当日は大阪からカーナビを頼りに現地に向かいました。

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 天気予報は雨でしたが、幸い大阪では曇りでしたので明石海峡大橋を渡って淡路島へと向かいます。淡路島に渡ってすぐにあるサービスエリアでトイレ休憩を兼ねて朝食抜きの早い昼食を取ったのですが、食後に自販機の挽きたてコーヒーを買って車に向かう頃から雨が降り始めてしまいました。運転席でコーヒーを飲み終わって車を動かしたときにはかなり激しい雨になってしまい、これでは乗馬は無理ではないかと心配になってきます。ともかく行くしかないと腹を決めてカーナビの指示に従って車を走らせたのですが、とうとう高速道路を降りる直前のパーキングエリアに車を駐め、さらに激しくなっていく雨をにらみながら、誘って下さった内科医に電話を入れました。彼はちょうどこれから徳島を出るというタイミングだったそうですが、僕の不安げな様子に気づいたのか、もう徳島は小雨になっていますから淡路島でもまもなく雨が止むはずですので心配しないでホースクラブに向かって下さいと言い切ったのです。

 既に目的地まであと30分のところにまでたどり着いているのだから、ここは彼の言葉を信じて行ってみるしかない! そう腹を括ってはみたものの、フロントガラスに叩きつける激しい雨は一向に収まる気配もなく、まあ屋根のある厩舎の中でじっとしている馬に跨がらせてもらうだけでもいいかと自分に言い聞かせながら最終行程を走り抜けていきました。指定されていた駐車場に車を駐めて待つこと10分、僕を誘って下さったお医者さんが乗ったボルボが到着。まだまだかなり雨が降る中、笑顔で車から降りてきた彼は傘がないのでヤッケを被っただけで歩き始め、駐車場から5分ほどのところにある「五色ホースクラブ」まで案内してくれました。

 そこは本当に手作りの厩舎の前にこれまた手作りの馬場が広がる、地の気に満ち溢れた素晴らしい場所で、手前の事務所で福祉乗馬を普及しているNPO法人「五色ホースクラブ」の理事長の方にご挨拶をしている間に、何故か雨が止んでいました。奇跡的な展開で文字どおり晴れて初めての乗馬ができることになったのですが、僕が淡路島に乗り込んできたときから降り始め、まさに馬に跨がろうとするタイミングで止んでくれた大雨は淡路島の龍神様によるお清めだったに違いないとは理事長さんのお言葉。こうして、神様にも祝福された形で馬に乗ることが許されたわけですが、そんな僕を乗せてくれたのがこの馬です!

 そして、ビールケースを踏み台にしていよいよ乗り込みます!

 いやー、緊張しましたが乗ってみると意外に乗り心地がよいというか、馬の背中の柔らかさが驚きでした。元国体選手だった若い乗馬コーチの女性がこれまたすこぶる的確に指導して下さるおかげで、すぐに馬の躍動に身体と気持ちを合わせることができるようになり、最後には早足で進む馬上でも笑顔が出るくらいには慣れてきました。

 こうして映画『ホースソルジャー』を観たことで興味を持った人と馬との間の不思議な関係の一端のまた一端を体験できたつもりになった僕は、再びビールケースのお世話になって馬からおそるおそる地上に降り立ちます。そう、まさに降り立つという表現がピッタリくるように、馬に乗っている間は地に足をつけないで「飛んでいる」ような体感を覚えていたのです。まるで自分がギリシャ神話に出てくる半人半馬のケンタウルスになり、大きな翼を広げて自在に飛び回っていたかのような感覚に陥っていたのではないかと思えたほどでした。

 そして、そんな素晴らしい体験を与えてくれた馬の首筋を撫でて感謝していたときに覗き込んだ馬の目の中に宇宙の深淵を見出した僕は、馬もまた人間同様に「神様の覗き穴」そのものだと気づくことができたのです。

 そう、古来より日本でも馬は神馬であり、神社には必ずといっていいほどに白馬と黒馬が一対奉られていたのです。そんな神様に通じる馬だからこそ、自閉症や発達障害の子ども達を癒すだけでなく、戦場においては兵士達に力を与え傷ついた兵士を乗せることで驚異的に癒してしまうことが知られていたに違いありません。「馬力」、「馬が合う」、「馬い(巧い)」などなど、日本語にも「馬」が人間の本質的な部分の表現に使われています。まさに「人馬一体」となることは、最も容易に「神人合一」となる技法でもあるのではないでしょうか?

馬が合う人を大事にする保江邦夫

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