これまで同窓会には極力出ないようにしてきたのですが、かれこれ一年半以上も前から頼まれていたのと、その少し後に天に召されてしまった渡辺和子シスターの思い出を語ってほしいという依頼が追加されたため、ノートルダム清心女子大学同窓会京阪神支部総会・懇親会に参加してきました。場所は京都駅に直結したJR系のホテルの宴会場で、京阪神地区在住の200人近い卒業生が集まっていたのですが、東京からわざわざ僕に会うために参加してくれた懐かしい顔を見つけたときには感動しました。
それだけではありません。僕の授業を受けていなかった卒業生の中にも僕の本の熱心な読者がいてくれるということもわかり、今は定年で大学も辞して専ら著作業で活きている僕は大いに自信をつけさせていただきました。そんなお一人が何冊か僕の著作を持ってきてサインをと言ってくださったので、僕は喜んで筆ペンを走らせます。その間、その卒業生は家業が「ニシン蕎麦」発祥のお蕎麦屋さんだと語り、是非とも一度お店にお出で下さいと笑顔で結んで下さいました。ニシン蕎麦といえば僕の大好物です。そのお店は四条大橋東詰の歌舞伎の南座の一階にある「松葉」という名、僕はすぐにピンときました。これはいつも京都に寄るときJR京都駅新幹線コンコース内で「ニシン蕎麦」を食べることにしている店と同じ名前なのです。つまりその本店に違いない。卒業生に聞くと、まさにそのとおりだとのことでした。
その日の夜は久し振りに会う関西の知り合いと京都の小料理屋で飲み、翌日の昼前にはいつものようにJR京都駅新幹線コンコースの「松葉」でニシン蕎麦を食べてから「こだま」に乗り込んで東京に戻るつもりでした。御所の西にあるいつも泊まるホテルをチェックアウトし、いつものように烏丸線の丸太町駅から地下鉄に乗ってJR京都駅へと向かいます。以前講演会でも幸福を引き寄せる術の一つとしてご紹介したように、ルーティーンを大事にする僕ですが、地下鉄が四条烏丸駅に止まり、乗客の出入りが終わって今まさにドアが閉められようというとき、どういうわけかシートに座っていた身体が勝手に動いてギリギリでドアから外に飛び出てしまいました。四条烏丸で地下鉄を降りれば、そのまま阪急京都線河原町行きに乗り換えて四条河原町終点まで一駅です。ということは・・・、そう、四条大橋の東詰にある「松葉」本店にもすぐ行けるということ。
そんなわけで、身体が自然に動いたというか、まるで昨日の卒業生に操られたかのように地下鉄を四条烏丸駅で降りた僕は、そのままチョコレート色の阪急電車の先頭車両に乗り換え四条河原町駅まで行ってしまいました。改札を出て右方向に「南座方面」という矢印があったので、そのまま地下通路を進んで階段を上るとちょうど四条大橋の西詰に出ます。その勢いで四条大橋を渡って鴨川の東側に行くと、ちょうど外壁改装工事で作業用の幕がかかった南座の交差点にたどり着きました。
四条通を挟んだ向こうには薄茶色の古い洋館が見えますが、これもまた創業100年を超えたばかりの老舗洋食屋さんで、時々京都の大学音楽サークルの皆さんの生演奏があります。この洋食屋さんには何度か来たことがありますし、その二階席から向かいの南座をボンヤリと眺めたこともあったのですが、まさかその南座の一階に「ニシン蕎麦」発祥の店「松葉」があるとは前日に卒業生から聞くまで知りませんでした。
ということで、南座の一階部分を見てみると・・・ありました、ありました! 暖簾にひらがなで「にしんそば」と書かれた「松葉」の入り口が!
かき氷の旗も出ていたので、お蕎麦だけでなく夏場はかき氷も出してくれるようです。むろん朝ご飯は食べずに来ていますから、いくらかき氷が好きでもいつもの「松葉」でと同じようにここは朝昼兼用の食事ということで、やはり「ニシン蕎麦」にしようと思いながら店の暖簾をくぐりました。入り口で一人の由を告げると割烹着を着た年配の女性店員の方がそれでは三階へどうぞとエレベーターに案内してくれました。お昼にはまだ早い時間、ガラ空き状態の三階フロアのテーブルに着き、メニュー、いや、お品書きに目をとおすと、この時期だけの限定商品として「鱧そうめん」という涼しげな料理があることに気づきました。
確かに朝から既に30度を超えていたその日の京都で熱い「ニシン蕎麦」というのも汗だくの自分を想像して気乗りがしません。心はもう「鱧そうめん」に吸い寄せられていましたが、それでも「ニシン蕎麦」に載っているニシンの甘辛煮には捨てがたいものがあります。大いに迷った結果、朝からニシンの甘辛煮をあてにビールを飲み、その後で「鱧そうめん」と洒落込むことにしたのでした。
そして、じゃーん。これがビールとニシンの甘辛煮ですぞ!
いやー、お昼前からのこの一杯は、実に美味かった!! そして、ビールとニシンの甘辛煮の後には、見た目にも涼しそうな「鱧そうめん」が出てきたのです!
どうです、眺めるだけで本当に涼しくなってきませんか? もちろん、味はもう完璧。京都の夏の風物詩となっている鱧がたっぷりと入ったこしの強いそうめんは、実にさわやかな喉ごしを与えてくれました。通常で荒れば降りることのない四条烏丸駅で地下鉄から何故か飛び降りたのは、この至福の一杯のためだったのでしょうか?
ともかく実に心地よく店を出た僕は、来た道を逆に戻って四条大橋を渡り、阪急電車から再び地下鉄烏丸線に乗り換えてJR京都駅に向かおうとします。その途中、四条大橋のたもとで目に止まった鴨川の河床の景色が夏の京都を強く印象づけてくれました。そう、これもまた京都の夏の風物詩なのです。
土手の上から眺めた鴨川の水が透きとおってきれいでしたので、近くにあった階段を下りて土手下から四条大橋を眺めてみると、これまた実に風情ある景色が飛び込んできます。
しかも、鴨川の流れが涼やかな音を立てて、時間が経過するのを見事に忘れさせてくれるではありませんか! この写真を眺めていてもそんな夏の日の京都に思いを馳せていただけるのではないでしょうか?
この四条大橋から上流の三条大橋までの鴨川の土手は、僕が大学院で京都にいた頃からもう一つの夏の風物詩として有名です。そう、日が暮れる頃から男女のカップルが三々五々集まって土手沿いに座っていくのですが、それが見事に等間隔で並んでいくのです。まるで誰かが測ったかのように・・・。
そんな鴨川沿いのカップルを上から眺める寂しい大学院時代を過ごした京都は嫌いだ!・・・などとは絶対に言わない保江邦夫