少し遡って、それは2月4日の日曜日のことでした。東京道場での昼から夕方までぶっとおしの稽古が終わった後のこと、前日に岡山から乗ってきたミニ・クーパーで道場の受付をお願いしている秘書嬢をJR王子駅まで送り届けました。慣れない東京の道、しかも夜でしたが、カーナビのおかげで間違いなく目的地に到着し、大きく手を振って見送った後に港区の住処までカーナビを再設定します。その指示どおりに運転しているときふと交通標識に「明治通り」とあるのが目に入りました。カーナビに表示されていた地図で確認しても、確かに「明治通り」と記された道路が延びています。「明治通り」というのは僕が住む港区の古川橋から渋谷までの道の至るところ掲示されている名前だったはず、それが皇居を挟んで正反対の王子の近くにも道路名として使われている!
数日後の午後、気になった僕は近所の古川橋に足を運び、「明治通り」が古川橋交差点を起点として渋谷駅前に向かっていることを確認しました。古川橋交差点から他の方向に延びている道路のどれにも「明治通り」の名前はありませんでしたから、そこが「明治通り」の起点となっていると判断したわけです。となると、次はその「明治通り」がどこまで延びているか、そしてそれが王子駅の前までつながっているのか、あるいは東京には2本あるいはそれ以上の「明治通り」があるのかを明らかにしたくなります。その結果、2月10日の日曜日午前10時、僕は愛車ミニ・クーパーを駆って古川橋交差点から「明治通り」をとことん走り抜けるドライブに出発したのです。
よく見ると同じ「明治通り」という標識であっても、広尾に入ってJR恵比寿駅前あたりまでは府道416号線というマークが入っていましたが、そこからは府道305号線となっていました。そのまま「明治通り」を走っていくと、よくテレビのCM放送で見かける渋谷駅前の大スクランブル交差点に到達し、土曜日の昼前ということもあって混雑する中にも見事に流れていく歩行者の集団に見とれてしまいました。次に「明治通り」と書かれていた矢印の方向には「新宿・池袋方面」と併記されていたため、一瞬躊躇したのですがそのまま車を走らせ、しばらくして道路脇にも「305号線・明治通り」の標識があったので安堵しました。でも、それでうすうすわかったのは、どうもこの「明治通り」は東京の大繁華街の一つである渋谷駅前を通った後には、同じく大繁華街の新宿と池袋にまでも延びているようなのです。
しばらく道なりに運転していくと、確かに今度は新宿駅南口の高島屋デパートの前を通過したのですが、その手前ではちょうど二日前に初詣に行った明治神宮が左手奥に見える交差点を走り抜けていました。なるほど、明治神宮のすぐ近くをかすめている幹線道路だということで「明治通り」という名前になったのかもしれません。新宿駅前を通過した後もスムースに流れていき、ふと気がつくと、なんと池袋駅東口の西武デパートやパルコの前を走り抜けようとしていたのです。渋谷駅前も、新宿駅南口前も、そしてこの池袋駅東口前の大混雑必至の大型交差点も、岡山人としてはこれまでの人生で歩いて渡ったことしかありませんでした。それをこの日には三ヶ所のすべてを初めて車で、しかも自ら運転して通過したわけです。そんな日がくるなどとは思ってもみませんでしたが、気になって「明治通り」を追いかけてみたら、結果としてそうなってしまったのです。
東京でも最も混雑して走りにくい場所だと聞いていた渋谷駅前、新宿駅前、池袋駅前を偶然とはいえ無事に通り過ぎたという事実は、どうやら僕にとって大きな自信となったようです。何故なら、岡山の田舎道しか走っていなかった僕には東京の繁華街を運転する度胸などあるはずもなく、例のミニ・クーパーを東京での下駄代わりにしようと思ってはいましたが、それでも繁華街に足を運ぶときには地下鉄にしようと考えていたからです。それが、こうして池袋駅前を無事に通過し、西巣鴨あたりで府道305号線から国道122号線に変わり、王子駅前で府道307号線をかすめて府道306号線に入った頃には、もう東京都心のどこにでも車を転がしていけるぜという気分にまでなれていたのですから。
そして、同時に判明したのは、2月4日に王子駅前で見た「明治通り」は正真正銘の「明治通り」であり、港区の古川橋交差点からずっと続いていた一本の道路だったということです。でも、その一本の「明治通り」は王子駅前で終わってはいませんでした。「明治通り」がさらに延びていく次なる方向が前方の大きな交差点道路標識に示されていたのです。いったいこの「明治通り」はどこまで続いているのだろうか? さらに湧き出た疑問の答を求めるために、僕はそのままミニ・クーパーのアクセルを踏み込んでいきました。すると、白髭橋で隅田川を渡る頃から東京スカイツリーも見えてきます。うーん、どうやらこの「明治通り」に沿って走るだけで、首都東京の主要な繁華街と観光スポットを巡っていくこともできるようです。
右手にスカイツリーを望みながら「明治通り」を走っていくと、今度は江東区に入りJR亀戸駅の横を通過して一路南へと下っていき、新砂あたりを通ってゴミの埋め立て地として有名な夢の島にまで上陸してしまいました。湾岸道路の高架の手前下に夢の島交差点があり、まさにそこで「明治通り」が終わっていたのです。そう、港区の古川橋交差点から東京をぐるっと8分の7周して江東区の夢の島交差点に至る壮大な環状道路だったのです、「明治通り」というのは。
そのまま巨大な倉庫が建ち並ぶ夢の島の埋め立て地を南下していくと、ついに東京湾が見える岸辺のところで道路は終わってしまい、前方には東京ゲートブリッジが美しいアーチを描いているのが見えます。
東京の果てともいえる光景を一瞥し、さあ、後は出発地点の古川橋交差点に戻るだけ。カーナビの目的地を設定した僕は、その指示のままに車を走らせます。すると岸辺から夢の島交差点まで戻った時点で湾岸道路に乗るようにとの指示が出たため、僕はその向きのままで高速道路に上っていったのです。土曜日だからか、空いていた湾岸道路を少しだけ走って有明を過ぎたあたりで首都高台場線に乗り換えた僕は、目の前に真っ白な美しい吊り橋が見えたとき、かなり興奮していました。自分で運転して初めてレインボーブリッジを通過するのですから。
カーナビの指示に従って都心環状線から目黒線へと移っていき、最後に天現寺インターから出てしまえば、後は勝手知ったるご近所の裏道を抜けて見事に古川橋交差点に到着。そう、皇居を中心にして環状に東京都心を一周したのです。その一周の8分の7くらいが「明治通り」で、残りの8分の1が未完成の府道に代わる首都高速でした。調べてみると、なんとこの「明治通り」は環状道路として完成したときには「環状5号線」となる予定で「環状7号線(環ナナ)」や「環状8号線(環パチ)」より先に計画されていたようです。しかも、東京には皇居を中心とした環状道路が何本も必要になるとして、その施工を指示したのはなんと連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥だったとか。占領軍の最高指揮官として終戦処理のために東京に降り立ったマッカーサー元帥は最初に昭和天皇と面会してそのお人柄と人格の高さに感動したと伝えられていますが、だからこそ日本の戦後復興のために最大限の尽力を惜しまず将来モータリゼーションの世の中になったときのことを考えて首都に皇居を中心とする環状道路を何本も計画したに違いありません。
シリウス星系では宇宙艦隊司令官だったといわれている僕も大いに見習いたいところです。そういえばマッカーサーの自叙伝に基づく映画でマッカーサーを演じたトミー・リー・ジョーンズ(缶コーヒーのCMに出ている「宇宙人ジョーンズ」その人です)はいい味出してたナー。
保江 邦夫