本物の迫力でした-星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

本物の迫力でした

2018.12.14

 お待たせしました! 先回に続いて、能登半島にある石川県羽咋市の宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」探検記後編です。先回の最後の部分で「宇宙人現る!!」という非常事態宣言を宇宙人「グレイ」が記者会見で発表している館内ポスターをお見せしました。実は館内ポスターはもう一枚あって、そこにはこれまたデカデカと『「どうせレプリカでしょ」とか思ってませんか』と記されている上に、少し小さく「ド田舎の博物館に何が起きた!?」とまであります。

 端から展示品はすべてレプリカだと決めつけて見物にやってきた僕はこれを見たとき、一瞬「たとえレプリカであっても本物そっくりに忠実に作られている」ことを自慢するポスターかなと思ったのですが、直後この建物の中に入る前に目に止まった駐車場脇にそびえるレッドストーンロケットと、先端に取り付けられた一人乗りのマーキュリー有人衛星の異常なほどのリアルさを思い出しました。レプリカにしては細部まで実に本物っぽい造りで、よっぽど懲りに懲ったマニアックな人が造り上げたのだろうと感心していたくらいです。

 ところが、ところがです。僕のそんな考えはことごとく間違っていたのです。そう、この「コスモアイル羽咋」に展示されているアメリカと旧ソビエト連邦の宇宙船の数々は、すべてホンモノだったのです!!! レプリカなどではなく、正真正銘の本物ばかりを集めた宇宙科学博物館、それが「コスモアイル羽咋」のすごいところだったのです!

 ちなみに入り口を入って1階部分は地区の公民館と図書館になっているため無料で誰でも入れるのですが、そこに展示してある月面走行車は単なる模型で、子どもが乗って記念写真を撮るためのものです。2階と3階にある宇宙船の展示はすべてが本物で、ここを見たい場合には数百円の入館料が必要になりますが、日本ではここでしか見ることができないものばかりですので是非とも見学してみて下さい。

 で、入館料を払うとチケットを渡してくれながら受付嬢が「奥のエレベーターで2階にお上がり下さい。階段やスロープでも上がれますが、エレベーターで上がられることを強くお薦めします」と伝えてくれます。「???」むろん怠け者の僕はエレベーターがあるならそれを使うのは当たり前なのですが、「強くお薦めします」とまで言われてしまうと気になります。ともかく、エレベーターに乗り込み、行き先ボタンを押すとドアが自動で閉まります・・・。その瞬間、一瞬停電かと思ったのですが、エレベーターの中が真っ暗になったかと思うと、四方の壁面や天井にプラネタリウムよろしく宇宙に浮かぶ星々の姿が映し出されたのには驚きました!

 趣向を凝らした歓迎ぶりに、展示されているであろう本物の宇宙船の数々に期待を馳せてしまいます。で、2階の展示室に入ったとたん、僕は思わず奇声を上げてしまいました。何故って、僕が中学生の頃からマニアックに興味を懐き続けてきた宇宙船の数々が所狭しと飾られていたのですから!! しかも、一目で本物とわかる素晴らしさ!!!

 まず最初に置かれていたのは人類初の有人宇宙飛行を旧ソビエト連邦のユーリー・ガガーリンに奪われたアメリカが、急遽開発中の大陸間弾道弾の弾頭部分に載せることができるように造り上げた一人乗りの有人衛星マーキュリーでした。

 その昔アメリカのケープカナベラルにあるケネディー宇宙センターを訪れたときに展示されていたので現物を見たことがあったのですが、ここに展示されていたものもまさに本物のマーキュリー衛星の現物でした。

 その隣にあったのは、その当時に旧ソビエト連邦が使っていた地球帰還用宇宙カプセル「ヴォストーク」で、しかも実際にロシア人宇宙飛行士を乗せて宇宙から戻ってきたものが展示されていたのです。大気圏に再突入したときの空気との摩擦熱で焼け焦げた痕も生々しいもので、これは一見の価値がありますね。

 まかり間違えば本当に宇宙飛行士の棺桶になるかのような、こんなカプセルでよく地球に戻ってきたものです。一応最後はパラシュートで減速しても、そのまま地表に激突したのでは中の宇宙飛行士が衝撃で死んでしまうことになるため、宇宙飛行士は上空でカプセルから脱出して人間用のパラシュートを開いて着陸したとのこと。いやー、本当に命がけの快挙だったのですね、旧ソビエト連邦の有人宇宙船は。

 そして、ヴォストークの後ろにあったのは、ジャジャーン、3名の宇宙飛行士を載せて月まで往復したアポロ計画の司令船です。さすがにこれは実際に使われた本物ではないのですが、ピカピカ光っていることからもわかるように同じ工場で同じ部品を使って作られた未使用の本物の司令船でした。

 ですから、大気圏再突入のときにはげ落ちてしまうはずの銀色のコーティングがはげずに残っています。

 しかも、司令船の中の座席や計器までもが本物の輝きを放っているではありませんか!

 司令船のハッチとその横には小さな窓がありますが、この小さな窓から見た星々の位置を六分儀で確認しながら月まで飛行していった1970年代のアメリカ人宇宙飛行士は、まさに宇宙のパイオニアと呼ぶにふさわしい人達だったに違いありません。ハリウッド映画『アポロ13』に出てくる場面さながらです。

 この司令船のハッチ一つを取ってみても、1960~70年代の科学技術の粋が集められていることがわかりますが、その後のコンピューターの発展で今では逆に当時のような職人魂が失われてしまった結果、今では人類を再び月に送り込むことができるかどうか心許ない状況になってしまいました。

 そして、アポロ司令船の次には、当然ながらアポロ計画の月着陸船が鎮座していました。これまた本当に月面に着陸させることができるものだったのですが、アポロ計画自体がアポロ17号で打ち切りとなってしまったために使用されることなく埃を被っていたのを羽咋市に持ってきたようです。

 そして、展示するときには初めて月面着陸を成し遂げたアポロ11号の月着陸船からアームストロング船長が降り立つ場面を再現していました。そう、「一人の人間にとってこの一歩は小さいが、人類にとっては大きな一歩である」という名台詞を残した人類史上に輝く場面です。

 いやー、感動の一場面です!

 しかし、こうして実物の月着陸船を見上げると、その大きさが際立ってきます。よくもまあこんな大きな物を無事に月面にまで送り込むことができたものです。アポロ宇宙船を月面にまで送り込んだサターンⅤ型ロケットの実物をケネディ宇宙センターで間近に見たことがありますが、その大きさには驚かされます。体積で換算すると一人乗りのマーキュリー宇宙船を打ち上げたレッドストーンロケットの100倍以上はあるでしょうか。

 ちなみにアメリカの有人宇宙船は最初の一人乗りがマーキュリーで、次の二人乗りはジェミニと呼ばれていましたが、マーキュリーのときと同じくジェミニのときも打ち上げには、当時アメリカが実戦配備していた大陸間弾道ミサイルのタイタンロケットが利用されていました。しかし、人類を月に送り込むアポロ計画が故ケネディ大統領によってスタートするとき、純粋にアポロ計画専用のロケットが開発されることになったのですが、それがサターンロケットに他なりません。

 月面に着陸した宇宙飛行士が月面探査のために歩くときなどに着用した宇宙服も別途展示されていましたが、これは本物の宇宙服と同じ素材で後から作ってもらったレプリカだそうです。まあ、宇宙船が本物なのですから、宇宙服くらいはレプリカでも構いません。

 有人宇宙飛行に関する実物の展示以外にも、本物の無人宇宙船がこれまた所狭しと飾られていました。天井からつり下げられていたものが多いのですが、月面や火星表面に着陸を果たした無人宇宙船については、展示室の床に着陸状態で置かれています。最初は旧ソ連の無人月着陸船のルナ24号で、これは正真正銘の本物でした。

 しかし、本物はちゃんと月面に着陸したはずだから地球上にそれがあるわけもない!! 確かに、そのとおりです。ですが、ここに展示されているのはその月面に送り込まれたルナ24号のバックアップ用に準備されていた実物で、ルナ24号が何らかの原因で打ち上げ前に故障したときに入れ換える目的で作られていたものだそうです。これなら、確かに本物ではありますね!

 その次に鎮座ましますのは・・・アメリカの無人火星着陸船バイキングで、これは本当に火星表面に着陸したバイキングを製作したメーカーに依頼して本物と同じ部品で再度製作してもらったものだそうです。単なる張りぼてのレプリカではないというところがすごいですね。

 もちろん展示されているのは人間が作った宇宙船だけではなく、宇宙人が作ったであろうUFOなども展示されてはいるのですが、こちらはさすがに本物というわけではなく、世界中で目撃されたり写真に撮られたりしたものを写真展示してあるだけです。それでも僕が直接現地に行ったアメリカはニューメキシコ州ロズウェルのUFO墜落現場の写真までが飾られていたのには、この宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」を造り上げた方の意気込みを感じてしまいました。それだけでは、ありません。ネットでも世界中に出回っている「宇宙人解剖」の場面を再現するかのような解剖途中の宇宙人グレイの身体の模型までもが展示されているのです。

 どうです、すごい博物館だとは思いませんか。

 それが石川県の羽咋市の市立博物館なのですよ。もちろんこんなぶっ飛んだ博物館は全国広しといえどもここ羽咋市にしか存在しません。いったいどうやってこんな素晴らしい宇宙科学博物館が実現したのでしょうか? そもそもアメリカのNASA(航空宇宙局)や旧ソビエト連邦の実物のロケットや宇宙船をどうやって手に入れたのでしょうか?

 実は、羽咋市の職員・高野誠鮮さんがアメリカやロシアに乗り込んで直談判して実物を手に入れて下さったそうです。

 いやー、僕もイギリスとアメリカから実物の戦闘機を輸入したことはありますが、上には上がいらっしゃるものですね・・・。

脱帽した保江邦夫

おメールマガジン
お問合わせはお気軽に
お問い合わせ
KUNIO YASUE All Rights Reseved 2017.Designed by R-design