人生中今-星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

人生中今

2018.10.19

 先日の満月の夜のこと、光輝書法や御神拓飛翔書で有名な書家であり合気道師範でもある山本光輝先生が白金の部屋にお出でになりました。数週間前に電話でご依頼してあった「人生中今」の書を御自らお届け下さったのです。まずは色紙に書いて下さった素晴らしい書をご覧下さい。

 この「人生中今」の四文字ですが、何を隠そう、この僕が世界で初めて考案したもので、「人生は常に中今になくてはならない」という意味を込めてあります。「中今(なかいま)」というのは日本神道の秘奥に位置する言葉で、東大の仏教学者だった中村元先生はそれを仏教用語の「刹那(せつな)」ではなく「涅槃(ねはん)」に該当する状態だとお考えのようでした。僕がこれまで聞いたこともなかった「中今」という言葉、概念を示してくれたのは東大医学部名誉教授の矢作直樹先生です。七月十一日の夜、代官山のライブハウスであった講演会のときでした。湯川秀樹博士の素領域理論を僕が発展させた形而上学的な理論を引用して、宇宙の背後にある高次元の完全調和につながることが神道の「中今」という概念だと解説して下さったのです。

 それをうかがったときに、本当に背筋に電気が走ったかのような感動を得た僕は、一瞬ですべてを悟ってしまいました。そう、「中今」こそは、高校三年生のときにテレビのルポルタージュ番組でたまたま見た合気道の開祖・植芝盛平翁の秘術「合気(あいき)」を操るための必要十分条件だということを。高校三年生のときからちょうど半世紀の年月をかけて「合気」のからくりと神髄を求め続けてきた僕の長い放浪の旅に、やっと終止符を打つことができたのです。それだけでは、ありません。神道の中核をなす「中今」は何も武術の極意であるだけではなく、芸術や科学の秘奥に位置するもので芸術家や科学者は知ってか知らずか「中今」の状態になったときに芸術的創作や科学的発見を成し遂げることができるのです。

 もちろん、社会生活の中においてさえ、たとえば「中今」状態となって営業活動を行うことで相手先の会社にも自分の会社にも、そして地域社会にとってもプラスになるいわゆる「三方よし」の取引を実現することも可能です。そもそも生まれてから死ぬまでの人生のほとんどを「中今」とすることができさえすれば、その人や周囲の生活が安寧なものになり、世の中に平和が訪れることは間違いありません。そんな真実を語っているのが「人生中今」の四文字なのです。

 そんな一大真理だからこそ、僕はそれを真っ先に山本光輝先生に書いていただきたかったのです。そして、先生がわざわざ白金にまでお持ち下さったのは、「人生中今」の色紙だけではありません。何と、僕にとっての大きなサプライズ、品のよいTシャツの背中に草書の金文字で「人生中今」と書いたものをプレゼントして下さったのです。

 山本光輝先生のお心遣いに感激した僕は、その場でTシャツを着て先生とのツーショット写真を撮りました。

 元より僕からの礼は絶対に受け取っていただけない先生のことですから、こうなったらご近所の馴染みの店にお連れするしかありません(といってもむろん前からそうするつもりだったのですが・・・)。というわけで、白金に居を構えてすぐに見つけそれ以来通っている、マンションから徒歩三分の小料理屋「相馬」の暖簾をくぐることにしました。

 カウンターのみの、小さくも行き届いたこの店を先生もたいそう気に入って下さり、このところの暑さでビールしか受け付けなくなってしまった僕を後目に、まずは同じくビールから始めて、ギンギンに冷えた日本酒に進み、焼酎に終わるのは何もカントの「純粋理性批判」を愛読されているからだけだったのではないのでしょうか?(この高尚な洒落をおわかりの方は何人いらっしゃるでしょう)

 僕が焼酎を飲まないためにもうかれこれ一年以上置いたままのボトルを美味しそうに空けて下さる光輝先生はいよいよ上機嫌で、この店を一人で切り盛りする福島県の相馬出身のお母さんの包丁さばきを褒めたことから、長年研ぎながら使っていくと包丁がどんどんと小さくなっていくのよとお母さんが誇らしげに教えてくれました。実際に見比べようということでカウンターの上に元々は同じサイズの包丁を三本、古い順に並べてもらったのです。

 どうです、まさに職人気質が見事に表れているではありませんか。真ん中の一本を手に取った先生が、まるで備前長船の名刀を吟味するかのように柄から刃を片目で睨んで一言「これは切れる!」

 すぐに真似をしてみた僕の目にも、その研ぎ込まれた包丁の刃は微塵も狂わずに刃先まで真っ直ぐに延びているのがわかります。お母さん曰く「築地で朝仕入れてきた活きのいい魚を捌くには、こんな包丁でないといけないのよ」。

 そして、宴も終わり、これから1時間ほどの道のりを先生が電車でお帰りになる直前のことでした。合気道開祖植芝盛平翁に直接師事された山本光輝先生ならではの、貴重な教えを頂戴したのです。「中今」の状態にならなくては合気を自在に操ることはできないという僕の閃きを、まさに盛平翁のお言葉で裏付けて下さったのにはビックリ!

 それは山本先生が書のお弟子さん達に配布する「日々是口述」という記事で、次のように書かれていました。

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日々是口述60

只今の この一瞬に 全てあり 昨日明日の ことを思わず

 突然『神に近づくには 波長を合わせればよい』の共著者 保江邦夫先生から「人生中今」の文字を書くようにご依頼を受けた。詳しくは省略するが、この言葉は太古から日本神道の本質の神髄であり、稽古中この心境になった瞬間に、誰でも技が決まるとのこと。

 この瞬間思い出した言葉があった。合気道開祖 植芝盛平翁の言葉である。

「合気道は常に天の浮橋の上に立って稽古せよ」

である。

 当時の山本は、まだ初心者であったためにこの意味がわからず、言霊学の権威島田正路先生にお聞きしたことがあった。

「私は武道のことは何もわかりませんが、多分『中今』の意味だと思います。相手と対峙したとき、あなたの過去に積み上げてきた武道の技を思わず(過去)、相手がどう攻撃をして、どうかわすかも考えず(未来)、ただそこに無心で立つ。技にも頼らず、力にも頼らず。そこに起こる勝負は、天に任せて自然に動くこと」

 この言葉が、これまでの山本の「中今」の観念であり、人生観、書法観でもあった。

「この『中今』の文字が書ける人は、山本しかいないのだ」と仰る。またまた山本を舞い上がらせて、お受けする羽目になった。保江冠光寺流柔術家元の合気の技が決まった一瞬であり、受身を取った山本の、瞬間的(中今)快感であった。

 感謝!!!

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これを読むたびに平身低頭の保江邦夫

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