中学生日記 | 星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

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中学生日記

2018.07.20

 京都の金閣寺と銀閣寺を平安装束で公式参拝する行事「平安参賀」は今年で二年目となります。昨年の初回に参加させていただいていた僕は、今年は裏方でお手伝いをと申し出たところ、ならば主宰なさっておいでの高貴なお方のお供兼運転手をお願いしますとのこと。

 ということで今年5月の末、観光客や修学旅行生が溢れる京都の街中を縦横に運転して回ったのですが、銀閣寺への裏道に入るために疎水縁の「哲学の道」を横切った瞬間、僕の脳裏を、昔撮影してもらった一枚の白黒写真がかすめました。それは1999年に東京の青山にある国連大学で「脳と意識に関する国際学術会議」で組織委員長を拝命し、何とかその責務を果たすことができた僕が、アメリカのプリンストン大学から出席して下さった数学のネルソン教授とカリフォルニア大学の新進気鋭の哲学者チャルマース教授の二人を京都と奈良にご案内したときのものでした。たまたま大学のときに書店の洋書売り場で手にしたネルソン教授の講義録 ”Dynamical Theories of Brownian Motion”がその後の僕の人生を大きく変えることになったのですが、そのあこがれの教授と「哲学の道」を散策していたときにわざわざツーショットで、しかも白黒で撮影してもらいました。

 何故そんな凝った写真を撮ってもらったのかというと、実は以前にもご紹介した僕の大事にしている白黒写真を模倣したかったからです。それは湯川秀樹博士がアメリカのプリンストン大学の近くにある高等研究所で、アインシュタイン博士と散策している写真です。

 この白黒写真の中の湯川秀樹博士が僕なら、その隣を歩くアインシュタイン博士は同じくプリンストン大学のネルソン教授に相当するというわけで、僕としてはどうしてもこのような雰囲気の白黒写真をあこがれのネルソン教授と撮っておきたかったのです。

 このときシャッターを押してくれた哲学者のチャルマース教授は人間の自我意識の発生について精力的に研究している若者でした。京都市内を流れる鴨川を、川面に点在する石を次々に飛び移って渡り始めたのにも驚きましたが、その飛び石の上で座禅を始めたのにはもっと驚かされました。またその姿の絵になること!

 チャルマース教授のこの白黒写真を見るにつけ、僕はやはり以前にご紹介した日本が誇る世界的な大数学者である岡潔博士の極めつけの白黒写真を思い出してしまいます。

 愛犬の散歩の途中で随筆の口絵の写真をと編集者に求められた岡潔博士は、カメラレンズが向けられ、まさにシャッターが押されるその瞬間に何故か飛び上がってしまわれたのです。しかも、側にいた愛犬までもが博士といっしょに飛び上がっています。それほどまでの忠犬だったのでしょう。そして、お気づきでしょうか、博士が履いているのはなんとゴム長靴。雨が降っているわけでもない、道がぬかるんでいるわけでもない、どんな晴れた日にも、岡潔は何故かゴム長靴を愛用していたらしい。その謎を解き明かしてくださったのは、冒頭にご登場いただいたあの高貴なるお方でした。

 そのお方は、何と高校生の頃に鈴木大拙から仏教学を、川端康成から文学を、そして岡潔から数学の御進講をお受けになられていました。他の大先生方は紋付き袴か洋風礼装で来られていた中にあって、岡先生だけはいつもよれよれの平服で、夏でもゴム長靴を履いていらしたそうです。「先生、どうして夏にもゴム長を履いているのですか?」と問われたとき、岡先生は常人には思いもよらない回答をなさいました。いわく、革靴で歩くと踵から振動が頭に伝わってきて数学を考えることができない、ゴム長靴だと踵が柔らかいので歩いても振動が伝わってこないので調子がよい・・・。

 そんな岡潔博士の茶目っ気と同じくらいの茶目っ気を発揮したチャルマース教授は、その後奈良を案内した際、大仏殿の中で柱くぐりをしていた中学生の修学旅行客一団に歓迎され、次のようなまたまた茶目っ気たっぷりの写真を残してくれました。柱から抜けられなくなったふりをして「ヘルプミー」と叫びながら、中学生達に引っ張ってもらったのです。そのときの中学生達には「この人は世界的な哲学者なんだよ」と伝えたのですが、誰一人として信用せず、全員が「ヒッピーでしょ」と言う始末!

 中学生達にとって修学旅行先でのこのようなハプニングは、将来大人になってからの肥やしになると信じてきた僕ですが、その後はなかなか中学生の修学旅行客を目にすることもなくなっていました。それが去年の5月の平安参賀、平安装束で金閣寺や銀閣寺の中を練り歩き、外国人観光客のみならず修学旅行の中学生達にも取り囲まれてシャッター音の集中砲火を浴びたとき、タクシーの運転手さん達が四人一組の中学生達に様々な講釈と指導を行っているのを何組も目にしました。僕のひょこしげな(岡山弁かも)衣装もハプニングにはなっていたようで、日本の平安を祈るという平安参賀の表向きの成功だけでなく、僕自身が中学生達の人生の肥やしになったことにもホッとしたのを覚えています。

 そして、今年5月の平安参賀のお手伝いの締めくくりとして主宰の方を京都の御自宅までお送りした後、僕は京都御所の近くで京都大学の物理学専攻の4回生と飲みに行くことにしていました。大学院受験を控えて、自分の専門分野を決めなくてはならないからと相談を受けていたためです。車をホテルの駐車場に駐め、ホテルで待っていてくれた学生と連れ立って御所の南にある小料理屋に向かって歩いていたところ、古い神社から三味線やお囃子の音が聞こえてきました。不思議に思って覗こうとしたのですが、残念ながら鳥居のある正門は既に閉まっていて中には入れません。しかし、そこは抜け道ばかりを探ってきた僕のこと、すぐに脇の路地に入っていき、裏門が開いているのを見つけ、その京大生と二人で堂々と境内に入っていったのです・・・。すると、本殿前の神楽殿の中では、なななななんと、舞妓さんが優雅に踊っているではありませんか!

 しかも、その神楽殿の前には明らかに修学旅行中と思しき中学生の集団が200名ほども座っていたのです! しばらくして踊りが終わってから、神社の関係者(と思われる方)の司会で舞妓さんへの質問タイムが始まると、女子生徒だけでなく男子生徒までもが我先に手を上げて舞妓さんへの傑作な質問をぶつけていきました。一人の男子生徒などは「男の舞妓さんはいますか?」と聞いたため、生徒達も舞妓さんも三味線のおばさんも大爆笑。その様子をずっと微笑ましく眺めていた僕も京大生もつられて大笑いしていました。

 こんな修学旅行のイベントを許可した校長先生には大いに脱帽します。日本の教育界もまだまだ捨てたものではないようですね。

 そんな思いを抱いたことで平安参賀の疲れも吹き飛んだようで、小料理屋では京大生と久し振りに物理談議に花を咲かせ、その夜は心地よく眠りにつくことができました。

 翌朝、京都でいつも泊まるホテルを11時に出発した僕は、高速道路を使って岡山に車で戻る途中、山陽自動車道の三木インターで降りて「プラットきすみの」という小さな道の駅へと向かいました。大学の合気道部の同期生が定年後にその施設で蕎麦屋をやっているので、久し振りに彼の自慢の「十割蕎麦」を食べにいくためです。13時半頃に現地に着いてみると、いつもとは違い店の中に若すぎる店員さんが3名。聞けば、なんと近くの中学生が毎年この頃になるとインターン制度で社会勉強を兼ねて蕎麦屋の店員になってくれるとか。

 これまた日本の教育を見直した僕は、同期生が自ら打ってくれた十割蕎麦をいつも以上に美味しくいただくことができたのです。

 そうして、店を離れるときにわざわざ同期生が3人の中学生「店員」を呼んでくれ、この正体不明のおっちゃんと記念写真を撮ってくれました。後で送られてきたこの写真を見たとき、後ろの3人の中学生の笑顔で僕は本当に安心しました。そう、日本の将来はとても明るいのです。

 何故か武田鉄矢の歌声が頭の中に響いている保江邦夫・・・

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