予感の真相-星辰館〜保江邦夫オフィシャルサイト

予感の真相

2018.03.11

 先月の末の日曜日に東京から京都に移動し、翌日の午前中に大阪のサムハラ神社での用件を済ませてからのこと。少し大阪で時間をつぶし、夜になってから岡山に戻るつもりでサムハラ神社から御堂筋に向かって歩いていきました。天気もよいので「あべのハルカス」最上階に上ってみるのもよいし、「通天閣」の展望室から逆に「あべのハルカス」を望むもよし。お昼には二度付け禁止の串カツ屋でビールでも飲むか!

 そんなうかれ気分で大阪中心部を歩いていたとき、どういうわけか急に考えが変わってきたのです。大阪にいてもしかたがない、御堂筋からはすぐに地下鉄に乗って新大阪駅に向かい、岡山に帰ろうというように。身体はそんな考えに素直に従い、地下鉄御堂筋線の本町駅でちょうど都合よくやってきた新大阪駅行きの車両に乗り込みました。新大阪駅に到着したときも、よっぽど駅構内の店でお昼を食べてからいつものように遅い新幹線の「こだま」に乗ろうと思ったのですが、どういうわけかあと10分ほどで出発予定の岡山駅終着の「ひかり」があるのを電光掲示板で見つけるが早いか、身体は瞬間的に改札口に向かっていってしまいます。

 そんなことで、何故か己の意志に反してあれよあれよという間に岡山駅に着いてしまい、まだお昼を少し回ったばかりの能天気に明るい岡山の空気を頬に感じながら早足で家まで歩いていったのです。何もそんなに早く家に着く必要などないのに・・・。

 しばらくぶりの我が家の門を開け、庭を横切って自宅の裏口ドアから中に入ってみると、寒い日が続いていたためか空気もそれほどには淀んではいないようでした。カバンを廊下に置いた僕は、靴を脱ぐ前に庭に置いてあるキャンピングカー「エアーストリーム」に入って工具箱から変形ドライバーを持ち出しておくことにしました。何故なら、岡山から東京に移動させたばかりのミニ・クーパーのハンドルの左奥にあるシガーソケットを固定するネジが緩んでしまっていたのを締め付けたかったからです。ドライバーひとつ、何も岡山から持ち出さなくても・・・とお思いでしょうが、そのネジを締めるには、ハンドル自体がじゃまになって普通の長細いドライバーは使えないのです。ネジの頭の上の空間が3センチくらいしかない狭いところでネジを回して締め付けるには、特殊なドライバーが必要なのです。そう、例えばこのような・・・。

 我がエアーストリームの中にもそのように狭い隙間しかないところにネジが使われており、エアーストリームの工具箱には先がL字型に曲がった変形ドライバーが入っているのです。アメリカのアポロ計画で月面探検から地球に戻った宇宙飛行士が回収後の1ヶ月の間航空母艦の上で隔離のために収容されたエアーストリームは、それ自体が銀色に輝くジュラルミン製の宇宙船のような雰囲気を醸し出しています。実は15年ほど前にガンの摘出手術を受けた後、放射線治療も抗がん剤治療も拒否した僕が残された時間をジュラルミンリベット打ちのエアーストリームの中で細々と生きていこうと購入したものです。

 

 その中に座って、あたかも航空母艦の上に置かれているかのような窓の外の風景も欲しくなった僕は、その後二年間をかけてアメリカ政府、イギリス政府、そして日本政府と渡り合って二機の戦闘攻撃機の機体の一部を輸入しエアーストリームの横に置きました。このときの顛末については、またいずれどこかでお話ししたいと思います。

 

 さて、工具箱を取りにエアーストリームの中に入ったところ、何か水が流れるような弱い音が耳に入ってきました。冷蔵庫の内外をチェックしてもそこが音源ではありません。他にそのような音が出るところもないはずなので、神経を研ぎ澄ましてみたら、どうもそれは最後部にある僕の書斎コーナーの右にあるトイレ兼シャワーブースの中から聞こえているようでした。

 そこで、シャワーブースのジュラルミン製のドアをおそるおそる開けてみてビックリ! 何と、シャワーブースの床がちょうどドアの下の位置まで盛り上がって堤防のようになっている、そのギリギリのところまで飲料用水タンクの水が漏れ出して、あとほんの数ミリで水があふれ出しそうになっていたのです。まごまごしていたら、エアーストリームの床面にまで水があふれ出てしまう!

 急いでエアーストリームを出て、外に付いている強制排水弁を開きシャワーブースに溜まっていた大量の水を下水道に緊急排水しました。ザーッという大きな音とともに溜まっていた水が流れていき、エアーストリームの中に戻るとシャワーブースに溜まっていた水は跡形もなく消え去っていました。

 緊急事態が去ったため、時間をかけてシャワーブースを調べてみたところ、飲料水用のタンクに外部から水道水を送り込むバルブが開放状態になったままだったため、満タンになっても加圧され続けていた水回りからシャワーブースに水が漏れ出していたようです。シャワーブースの外、エアーストリームの居住スペースについても念入りに床面をチェックしましたが、幸いにもまだ一滴も水がこぼれてはいなかったようでした。しかし、僕が岡山に戻ってエアーストリームの中に入るのがあと3分でも遅れていたなら、シャワーブースの床に溜まり続けていた水は確実に、シャワーブースの堤防を越えてエアーストリームの床面にあふれ出していたことでしょう。もしそうなっていたら、配電盤やガスヒーターや温熱機なども水に浸かってしまい、復旧するのに時間も費用もかなりかかっていたことは間違いありません。

 それが、思考の中では大阪でさらに4時間以上もゆっくりしてから岡山に戻ろうとしていたにもかかわらず、どういうわけか身体が勝手に動いて気がついたら急いで岡山に戻ったために、まさに間一髪のところで水の氾濫を食い止めることができたのです。しかも、よくいう「虫の知らせ」とか「予感」のようなものがあったわけではまったくなく、単に意に反して身体だけが動くことで最悪の状況になることをギリギリのところで防ぐことができたにすぎません。

 でも、流れに身を任せるということは、「神への全託」に該当するわけで、そうすれば神が助けて下さるということは宗教においても武術においても共通の真理となっています。つまり、そのときの僕も神様によって助けられたのではないでしょうか。はっきりしていることは、もしあのまま自分の考えに固執して大阪でゆっくりしていたなら、僕の大事なエアーストリームはまさに至るところすべて水浸しになってしまっていたということです!

 おお、神よ、神の何とすばらしきことかな!!

 

保江邦夫

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